三津の渡し

8
125

市道高浜2号線は三津と港山を結ぶわずか80mの海の公道だ。
俺はそこを往復する渡船の船長をやっている。
呼び鈴が鳴ったので対岸に向かうと女が立っていた。
妻だ。
妻は、よっと掛け声をかけて船首に乗り込んだ。
夕日が瀬戸の小富士に沈もうとしていた。
「久しぶりやわい、この船乗るん。せわしい?」妻が言った。
「最近は観光客が多いのお。市営で無料や言うて珍しからわざわざ乗りに来るんよ」
「ほうなん」
「ほうよ・・・もう、着くで」
「・・・早いねえ」
「また乗りにおいでや」
「そんな簡単にはいかんのよ。ねえ」妻が言った。「凪、ええ人がおるみたいよ」
「え?」
「鈍いねえ、相変わらず」
「うるさいわい」
「一人娘に男やもめ世話させたままはいかんよ」
「わかっとるわ。わざわざそれ言いに帰って来たんか」
「ほんと鈍いなあんたは。今日は七夕やろ」
微笑んだ妻の顔が宵の闇に溶けて消えた。
ファンタジー
公開:18/06/15 15:47
更新:18/06/17 09:56

杉野圭志

元・松山帖句です。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容