おっさんの抱き枕

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相手の鼓動がゆっくりと伝わってくる。抱きしめた瞬間、蒸気機関車のけたたましい汽笛が、私の胸に響いた。あれから10年・・・死別した妻に別れを告げ、何人もの女性と付き合ってきたが、妻のような心から溢れる情熱の抱擁は一度もなかった。

誤解を招いてはいけないが、何度か抱擁はあった。ただ相手の鼓動をゆっくりと感じとれる、安心感がどこにもなかった。

「妻へ会いたい、抱きたい」

祈るような思いで人間サイズの抱き枕を抱えて寝たら、枕からトクトクと鼓動が響いた。一定リズムで鳴る心臓のゆったりとした音。海で波に身をゆだねる私を、妻は背後からゆっくりと抱き寄せた。

はっと目を覚ますともちろん妻はいなかった。だが抱き枕から感じる海の香りと温かさがいつまでも残っていた。

今年厄年を迎えるおっさんの最近の楽しみは抱き枕へと変わった。
その他
公開:18/06/09 10:44
更新:18/06/09 19:19

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