花冷えの夏

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そろそろひと山きそうだな。そう思った直後だった。
カフェの一角、僕の後ろの席に陣取っていた初々しいカップルが、険悪な雰囲気で口喧嘩を始めた。
――これはなかなかに冷える。
常備している上着を羽織りながら、僕は僅かに身をすくめる。日頃の花冷え対策として、季節を問わず上着の用意は万全だった。
花冷えは通常、桜の季節の一時的な冷え込みをさす言葉だ。しかし僕は季節の気温だけでなく、人間関係の春、つまり仲の良いカップル間の温度がぐっと下がる瞬間が、体感としてわかるのだ。
未だ後ろで喧々と問答を続けるカップルに苦々しい気持ちでコーヒーをすすっていると、ガラスの向こうから強烈な冷え込みが襲ってきた。
外で揉めているカップルはどちらも中年で……片方は、僕の母だった。

僕は母の放つ花冷えよりも、母が今まさに春の真っ只中だという事実の方に身も心も冷え込んで、身震いの止まらない身体を一人、ぎゅっと抱きしめた。
ファンタジー
公開:18/06/04 00:22

ゆた

高野ユタというものでもあります。
幻想あたたか系、シュール系を書くのが好きです。

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