箱舟は行く、知識の海

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外なんて、と彼は鼻で笑った。
「わざわざ見に出る程のものじゃない。酸性雨に放射能で汚れた空気。例えるなら、悪意を持った毒がお腹を空かせてうろついているような場所だ」
「お腹が空くのはここも一緒だわ」
ここは、被ばくを免れたこの空間には、基本的に本しかない。
「僕には充分だ。いいかい、本は山で、知識は海だ。必要な栄養はここに全てある」
「違うわ。山には植物が生えるし、海は青くて塩辛いのよ」
「偏食過ぎるんだ、君は」
そう言い放ち、彼は執筆作業へと戻る。
本には鮮度があるから、どれだけ沢山の本があっても、常に新しい本を書き続ける必要がある。
彼がペンを走らせれば、日々は文字となり、本となり、いつかそれは山になり、海となる。
ペンを持たない私は腹いせに、足元の丸められた原稿を彼目がけて思い切り投げる。
それはあさっての方へ飛んでいき、本の山の尾根、あるいは知識の海の水平線の向こうへと消えた。
ファンタジー
公開:18/05/31 23:42
更新:18/05/31 23:48
プチコン2

詩のぶ

小説、詩、短歌、俳句、コピーなど、読んだり書いたりするのが好きです。ショートショートはこれまであまり馴染みがなかったので、ここで色々試しながら勉強できたらと思っています。
何か作るとtwitterで呟いてますのでよろしかったらそちらでも。

Twitter @shinobu_yomogi

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