梅津寺(ばいしんじ)

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ゴトン。電車が止まると車内のあちこちで歓声が上がった。
目の前に広がる真碧な海。
駅名標に『梅津寺』と書かれている。
あれ?子どもの頃、家族でここに来たかも。たしか桟橋の上に二階建ての座敷が並んでてその中に売店があったような。
「納涼台ですか?なくなっちゃいました。ここは随分前に海水浴場ではなくなったんです」
車掌が言った。
「そうだ。私、その納涼台で父と母とおでんを食べたんです。大根と玉子を甘い辛子味噌につけて。とても美味しかった・・・あ、これは向こうに持って帰ってもいいやつですか」
「はい。思い出は人や物じゃないので」
「よかった」
「じゃ、そろそろ出発します」
車掌がそう言うと、窓の外は一瞬にして暗闇になり電車の灯がぼんやりと点った。車内は再び静まり返り、私の体もゆっくりと動かなくなった。
「さて、来年の帰りはどこに寄りましょうかねえ」
お盆の深夜のホームに汽笛の音だけが鳴り響いた。
その他
公開:18/05/28 23:00
更新:18/05/30 09:02

杉野圭志

元・松山帖句です。

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