川岸にて

0
116

締め切った薄暗いワンルームに扇風機の駆動音だけが響く。
十数ヶ月の間、記憶に蓋をするかのように毎日を遮二無二生きた。
煙草に火を点け、細い紫色の煙が往く先を眺める。

あの日、僕らは全てを失った。
四角く白い部屋に、冷たい君と止まった電子音。
世界に背を向けて生を貪り合った二人への重い罰。

蘇る記憶を打ち消すように慌てて安酒を浴びる。
携帯電話の日付は、年に一度川を渡り邂逅することを赦された男と女の伝説を示していた。
そうだ。川を渡ろう。川を渡り、彼の岸で待つ君に会いに往こう。
未練は無い。
今、君に会いたい。

午前一時、不安定な足取りで階段を昇る。
非常扉を開け、屋上に降り立つ。
僕の期待とは裏腹に、見上げた空には黒雲と雨が広がり、渡るべき川は見当たらなかった。

七月七日。
催涙雨が今日までの僕と僕の願いを洗い流した。
そして僕は明日からも、何も変わらずに此岸で生きていくのだろう。
その他
公開:18/05/25 17:39

TAMAUSA825( 東京と神奈川 )

登場することが趣味です。

コメントはありません

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容