声の出航

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「僕、君の声だけは、どこにいても聞き分けられるんだ」
そう自慢げに言って私を撫でた優しいあなたは、私をおいて旅立ってしまった。
一人残された私はあなたと過ごした場所を毎日のように歩いては、あなたの姿を探し回った。けれどそのどこにも、あなたの気配は残っていなかった。
 
『届けられなかった声をのせた船が出航する港があるらしい』と聞いたのは、それから数ヶ月後のことだ。
おいて行かないで、あなたに会いたい、あなたが好きよ。
届けたい言葉は溢れるほどにある。
私は必死でその港をつき止めて、夜の海辺をひた走った。
けれど、遅かった。
私が港へ辿り着いたとき、船はすでに出航してしまっていたのだ。
暗い海で絶望に打ちひしがれる私に、遠くなった船が汽笛を二つ鳴らすと、海面が大きく波立った。

――泣かないで、笑っていて。僕も君が大好きだよ。

届かぬはずのあなたの声が、波の音に混ざって、優しく耳を撫でた。
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公開:18/05/24 19:39
更新:18/05/24 23:13

ゆた

高野ユタというものでもあります。
幻想あたたか系、シュール系を書くのが好きです。

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