月の実

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 月の木はふだんは海の底に姿を隠しているが、百年に一度だけ枝を伸ばし一晩のうちに花を咲かせ実をつける。
 私は一艘の船を走らせ、まんまるの実をもぎり、天高く投げる。月の実は戸惑うように揺れながら空の闇に吸収される。まだ慣れていないので隠れているが、じょじょに姿を現し、やがて満月になるだろう。
 役目を終えた月は新しい月に場所を譲ると、冷えた狂気となって砂漠に落ちる。何年かすると粉々に砕け、狂気は砂嵐とともに空に舞い上がり、世界に広がる。人が生きるにはほどよい狂気が必要だ。真実は狂気を纏うものだ。
 過剰に狂気を恐れるようになってから、人々は月の狂気をたしなむことがなくなった。見えぬモノを見、聞こえぬ音を聴くのが怖いのだという。
 目と耳を覆った愚か者が地にあふれ、淡々と滅亡に向かって歩み続ける。
 月は冴え冴えと輝き、狂気を失って死にゆく者たちを見下ろしている。
ファンタジー
公開:18/02/16 17:29

一田和樹( バンクーバー )

小説を書いています。
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公式サイト http://ichida-kazuki.com 
ツイッター @K_Ichida
使用している写真は全て私自身が撮影したか描いたものです。

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