ささやかな家

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 暑い夏の日、長年働いてやっと家を手に入れた。残りの金を手にして縁日に向かう。街がオレンジ色に染まる中、屋台の灯りがともり始める。縁日は近所の人たちでごったがえしていた。
 懐かしい喧噪に包まれ、そぞろ歩くとわけもなく胸が苦しくなった。

 有り金を全て使い、屋台で母を買った。手を引いて家に連れて帰る途中、母は子守歌を歌いだした。声が本当の母に似ていて涙が止まらなくなる。
「あのおじさん、お母さんを買ったんだね」
 通りすがりの子供が無邪気にこちらを見た。
「お母さんを売ったことを後悔しているのよ。かわいそうでしょ」
 かわいそう……確かにそうかもしれない。

 家に着く頃には歌は終わっていた。
 私がお茶を淹れると母は昔話を始めた。私は、聞いたことのない思い出話に聞き入った。
 うつらうつらして目を開けると、あたりはすっかり暗く、母は1枚の半紙になっていた。
 しめやかに雨が降り始めた。
ファンタジー
公開:18/02/13 07:35
ショートショート10番勝負

一田和樹( バンクーバー )

小説を書いています。
Amazon著者ページ https://t.co/ZrGUiK7HaJ 
公式サイト http://ichida-kazuki.com 
ツイッター @K_Ichida
使用している写真は全て私自身が撮影したか描いたものです。

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