タワシの珍味

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珍味が食べられる店がある。そう言われ、おれは友人とある居酒屋を訪れた。珍味とは何かと尋ねると、彼は言った。
「あの中にいるやつさ」
その指差す先には水槽があった。そしておれは目を疑った。一瞬、ウニかと錯覚した。けれど入っていたのは、たくさんのタワシだったのだ。
「ここは生きたタワシを味わえる店なんだ。割るとオレンジ色の卵巣が入っててね。新鮮だからうまいぞぉ」
面食らいつつ、汚くないのか聞いてみた。
「きちんと汚れは抜いてるからな。鯉だって泥抜きするもんだろ?」
感心しつつ、おれは出てきたタワシの卵巣を口に運んだ。濃厚な甘みが広がって、舌の上でとろけて消えた。
と、そのとき、床にタワシがひとつ落ちているのが目に入り、おれは思わず口にした。
「あっ、タワシが脱走してる!」
すると友人がそれを拾ってこう言った。
「ダメだ、もう干乾びて死んでるよ。残念だけど、これじゃあ掃除くらいにしか使えないな」
その他
公開:18/02/12 18:06

田丸雅智( 東京 )

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。現代ショートショートの旗手として執筆活動に加え、坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務める。また、全国各地で創作講座を開催するなど幅広く活動している。17年には400字作品の投稿サイト「ショートショートガーデン」を立ち上げ、さらなる普及に努めている。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。

◆公式サイト:http://masatomotamaru.com/

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