浮かぶ

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「おむかいの原口さんから素敵なお茶をいただいたの。いま淹れてあげるわ」
少女のように母が笑う。
「ありがとう。それはうれしいね」
私はちょっと微妙な気持ちで話をあわせた。
原口さんはとっくの昔に亡くなっているのだ。
母はほとんどの時間、過去と未来を行き来して、ときどき現実に戻る。
でも、その時間も短くなっている。
「はい。どうぞ」
差し出されたカップをのぞくと、花びらが一枚、お湯の中に浮かんでいた。
桜だ。
「いただきます」

幼い私は、花びらの上に寝転んでいる。
(もう一口)
入学式の日、飼っていた猫が死んでしまい木の下で泣いている。
(もう一口)
幹に隠れてこっそり手紙を読んでいる。
(そして一口)
会社になじめず、空を仰いでいる。

母の記憶が次々とカップの中に広がる。
それは、私を見つめた景色だった。

「しあわせになってね」

急に真顔で母が言う。
カップはもう、空だった。
ファンタジー
公開:18/04/04 23:41
更新:18/04/25 07:35

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