呼びすての旋律

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菜穂。人に名前を呼ばれるというのはどうしてこうもこそばゆいのだろう。そう思って、ああそうか、私はこの人に一生敵わなくていいことを知っていたんだとわかった。

私を名前で呼びすてにする人は3人しかいない。死んだ祖父と、高校時代からの悪友、そして恋人。それぞれの顔を、目や鼻、唇の形を、くっきりと思い浮かべてみる。全然、似ていない。ただ、心の深い深い底で流れるメロディーが気持ちよかった。そのことだけが共通点だった。不確かで曖昧な感覚を、私は何よりも信じている。

「また鼻歌うたってる」
夜。恋人が小さく笑う。四谷から新宿までの散歩道。桜が咲いている。食事の帰り、私たちはいつも手をつないで歩く。なんて歌、と恋人が聞く。春のにおい、と私は答える。
「作詞作曲、菜穂」
そうつけ足すと、恋人は可笑しそうに目を細めた。
「立派なアーティストだ」
しょうもない会話に支えられている。これは、確かな実感。
恋愛
公開:18/03/29 20:22
更新:18/04/08 22:03
小説 恋愛 短編 ショートショート 400字物語 一話完結

yuna

400字のことばを紡ぎます。

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