思い出シネマ

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あてもなく歩いていると、木枯らしに押されるように一軒の映画館に着いた。
「お待ちしておりました」と執事のような従業員に真ん中の席に案内された。私の他に客はいない。
長年連れ添った夫に突然先立たれ、映画など観る気分ではないのに。
どこか懐かしい雰囲気のせいか、帰ろうとは思わなかった。
明かりが消える。
スクリーンには見覚えのある人がいた。それもそのはず、私や子どもたちがそこに映り、幸せそうに笑っている。
初めて会ったお見合いの席、終始緊張していた結婚式、生まれてくる子どもたち、再び二人で過ごした日々。
そのどこにも夫はいない。
ああ、そうなのですね。これはあなたの思い出。あなたから見た私たち。
言えなかったさよならの代わりに。
だからでしょう。ここが懐かしく暖かいのは。
あなたから見た私たちは、こんなに幸せそう。なら、それで十分。

優しさに包まれて映画館を出ると、もう風は気にならなかった。
ファンタジー
公開:18/03/21 23:45

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