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私の目の前には猫がいる。毛並みが茶色の子猫である。スースーと吐息を立てて眠っている。ここは船の上。乗客は船頭、私、猫の二人と一匹。先程までこの猫は景色が一望できる特等席を占領し、釣れた魚をムシャムシャと咀嚼し、その小さな口一杯に魚を頬張っていた。勘違いされては困るが決して私の飼い猫ではない。例えて言うなら旅の添乗員である。「俺について来い」とでも言う様に私の目の前を率先して歩き、でも時々振り返って私はこの猫に案内されてきたのだ。別に猫に付き従う義理はないが、淋しい一人旅に可愛い同行者が出来たと思って放任している。ジィーと後ろからこの猫を観察してみると実に商売上手であることに気付く。自分がほしいものがあると立ち止まり、手招きして猫なで声で甘えてくる。案内しているのだから当然だろうとでも言いたげにである。「こいつ、常習犯だな」ギーギー、船頭の舵の音が遠くで聞こえる。私の瞳も今、船を漕いでいる。
公開:18/03/12 00:36

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