海のビール

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5歳の夏。フェリー船のデッキから、船と海の境目を父と並んで眺めていた。しゅわしゅわと音を立て、外へ外へと広がっていく泡。あれはビールの泡だよ、と父は歯を見せて笑う。母はいつも健康を心配しているが、ビールを飲む父の達成感に満ちた表情が私は好きだ。イキイキとしている。おつかれさま、という言葉さえいらないのだと思う。
「お父さん、ビールの泡!」
父と船に乗るたびに私は愉快な気持ちがした。こういうのをバカのひとつ覚えというのだろう。本物のビールをはじめて飲んだのは地元のお祭りの時に、こっそりと一口。あまりの苦さに顔を歪めた。なんだか裏切られたような、身勝手な心地がした。

今、ビールを愛する父は小学校の校長先生に、私は大学生になっている。ビールは相変わらずまずいと思うが、地元へ帰る船は心地いい。晴れの日、私は外に出て、ビールの泡を眺める。
その他
公開:18/03/09 20:20
更新:18/08/14 13:27

yuna

400字のことばを紡ぎます。

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