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「う……」
 急な、激しい胃痛に襲はれ、私はうめき声をあげて蹲つた。
 私は生まれつき胃の弱い性質で、斯う云つたことは珍しくは無いのだが、何度経験しても痛いものは痛いのである。
 私は側にゐる友人に救急車の手配を頼むと人目も憚らずその場に倒れこんだ。

 斯う云ふ私の母も――私に似てしまつたのか――何時からか胃を悪くして、私が実家に居た頃はよく夜半に救急車を呼んだものであつた。
 しかし不思議なもので当の救急車が来る頃には先刻までの痛みが嘘のやうに収まつて仕舞ふのだ。

 ある日も救急車に運ばれて病院に着いたものの、やはり痛みはすつかり治まつてゐた。
 何事も無かつたかのやうな、さうして幾分申し訳なさ気に診療室に案内されて来た母を座らせると、先生は「むう……」と唸り、母の手を取ると
「随分まるみを帯びた親指ですね」と云つたさうな。
ミステリー・推理
公開:18/03/06 19:47

田中目八( 大阪 )

1978~。西成郡勝間村の人。単家、布衣の人。短時間労働者。即興演奏者。
俳句雑誌『奎』同人。
2022年イグBFC3優勝(同着)
https://twitter.com/ConchHailuo

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