第30話「ハイ君のおしり」

ハノイ支店から転籍してきた2年目のベトナム人社員、グウェン・ソン・ハイ君が初出社して、私と同じ営業チームになった。ベトナムでは名前で呼び合うらしく、私も葵と呼んでもらうことにした。
「葵サン、ワタシ日本語上手クナイデスカラ、スミマセン」
ハイ君はそう言うが、会話にさほど支障はない。日常生活の中で覚えているらしい。読み書きも平仮名ならできた。私は半ば安心して、午後の商談に同席してもらうことにした。
驚いたのはその商談だった。新商品の消臭スプレーの説明をハイ君にしてもらったところ、
「コノ『おしり』ハ……」と始めたのだ。私も課長もギョッとした。その後も彼はおしり、おしり、と続けるので慌てて止め、事なきを得たが、結局商談はうやむやに終わった。わけのわからない気持ちでトイレへ行った。
そして、便器に座ってハイ君が言ったことがわかった。シャワートイレのボタンに、「SPRAY・おしり」と書いてあった。