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胸に小さな鍵穴を見つけた。
いったい何の鍵なんだ?
もしかして——。
机の引き出しを開け、小箱を取り出した。
そこには、古い真鍮の鍵が入っていた。
僕には身寄りがいない。
子供の頃は親戚中をたらい回しにあっていた。
親切にしてくれた人たちもいたが、決して踏み込めない境界線が僕には見えていた。
孤独を抱えながら、自分の居場所を求めて漠然と生きる日々。
そんな時に出会ったのが、彼女だ。
「これあげるよ」
「あ、ありがとう。これは……鍵? なんの?」
「いつかわかるよ」
そう微笑んだ彼女の顔は今でも忘れない。
僕らは夫婦となり、五十年の月日を共に過ごした。
子供はいなかったが、僕にできた大切な家族だ。
——そうだ。彼女が息を引き取った日。
この胸の鍵穴が空いたんだ。
僕は鍵を胸に差し、回した。
その瞬間、彼女のくれた温かい日々の記憶が僕の脳裏に浮かんだ。
「ありがとう」
君のおかげだ——。
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公開:25/11/16 16:04

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