桜のトンネル

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桜の季節。毎年行っていた、家から車で2時間の桜のトンネルへ今年も行くことにした。
妻とはつき合い始めてから結婚後も毎年、子どもが生まれてからは家族3人で、孫が生まれて数年は孫も連れて来た。桜はたくさんの幸せな思い出をくれた。

去年の夏に妻が亡くなり、初めてひとりでここへ来た。
でもこれで最後だ。もう私はここへ桜を見に来ることはない。年齢を考え、もうすぐ免許の返納をする。バスや電車でここへ来ることは難しい。

桜のトンネルをゆっくり歩くと、花の隙間に僅かに見える青空にここでの思い出が映って見えた。「きれいね」妻の声がする。「パパ、肩車して」娘の声がする。幸せだったあの頃。

誰もいない家へ帰るのはたまらなく寂しい。涙が溢れた。
散った桜の花びらに涙が落ちた時、私は桜の木に棲む精霊になった。もう人間からは見えない。それでいい。これからずっと、大好きな桜と、大切な思い出を見続けられるのだから。
ファンタジー
公開:24/04/23 22:41
更新:24/04/23 23:28

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