冬空染め

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父は染物職人だ。
蕾のついた桜の枝を煎じた色も、夜光貝を砕いて溶いた色もすばらしいが、
中でも青は特別だった。

色が吸い込まれそうなほど深い。
染物を風にはためかせると青の下から紫が浮きあがったり、波打つ輪郭が赤色に光ったりする。

染めるところを見たいとせがんで、父に連れてこられたのは雪深い山だった。葉の落ちた木々の間を雲が流れていく。

父ははしごを木にかけて、素の色のままの木綿を取りだした。
「あの色は空からとるんだ」
父は木に登り、空中に布をなびかせた。いや、空に布を浸していた。底の見えない深い青が、木綿に染みこんでいく。

冬は空が澄んでいるから、特に濃い色がとれるんだと父の声が降ってくる。

寒さで足の感覚がなくなってきたころ、父は手をひっこめてはしごを降りてきた。

木綿と父の手から滴が落ちる。
長く浸していたからだろうか。手を染める空は、指先にいくと夜になっていった。
ファンタジー
公開:20/05/26 22:48
更新:20/05/26 22:54

字数を削るから、あえて残した情報から豊かに広がる世界がある気がします。
小さな話を読んでいると、日常に埋もれている何かを、ひとつ取り上げて見てる気分になります。

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