マダムの水

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「あの、言いにくいんですけど」
私は週刊誌を読んでいるお客さんに声をかけた。
ここは高級住宅街にある会員制ヘアサロン。ハイソなマダムばかりが訪れる店に、私は系列店から応援でやってきた。
マダムの鼻にキラリとたれるものがある。
「お鼻水が」
私は驚いて変な所に「お」を付けてしまった。
「た、たれてますよ」
「あら。受け皿をくださる?」
「受け皿ですか」
私は混乱しながらコップとティッシュを用意した。
マダムはコップを鼻に当てて週刊誌を読み続ける。
「紙をどうぞ」
「もったいないわ」
「いいんです。使ってください」
「水がもったいないの。湧き水なんだから」
確かにマダムの頭はこんもりと山林のようで、肩尾根や背中にも樹々は茂り、私はカットの仕方に悩んでいた。
「これは遠足で雨に濡れたときの水ね。懐かしいわ」
足元には清流。紅葉のマダム上空には鰯雲。私は伐採をやめて釣り糸をたらした。晩秋の午後。
公開:19/12/19 11:55

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