耳をゆるした人

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「それ食べていい?」
「まだだめ」
「食べたいよ」
「だめよサイモン…」
かぷり。
彼は私の耳のぶどうを口に含んだ。
ひと粒だけと私が言ったからひと粒しか食べない。そんな律儀で優しいサイモンを私はどんどん好きになっていく。本当はもっと食べてくれてもいいけれど、耳のぶどうはひとりひと房。実がつくのは一生に一度だから、人生の大事なときに、大切な人にだけ食べてもらうもの。
実を許さずに生きる人もいる。
実が足りなくなる人もいる。
週末、私たちは山梨へ行った。
私は彼のぶどうをひと粒食べた。
これでおあいこ。もうひと粒食べたなら、私は彼の特別な人になれるのかな。
そしてもうひと粒。
ふた粒めには種があった。
私はどこからやってきたのだろう。縄文の昔。もっともっと昔。遠く知らない場所の、知らない景色を覚えている。
「この丘がいい」
「風がいいね」
「ここでいい?」
「ああ」
私は彼の種を飲みこんだ。
公開:19/10/01 10:13
更新:19/10/01 10:19

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