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日本海には人知れず漂う寺がある。
その寺の住職は年に二度、波の穏やかな月の夜に、能登半島の小さな漁港から木舟に乗って法要に向かう。
木舟には鉢植えのトマトがあり、食料はそれだけだ。
漂う寺の本尊は、平安期に彫られた大日如来で、それは太陽の化身として、奥能登の住人たちから「あかさま」と呼ばれて信仰を集めてきたものだ。
その夜、寺には朽ちかけた木造の漁船が係留されていた。
住職が静かに舟を寄せると、漁船の甲板には数体の亡骸と、意識のある男がひとり身を横たえていた。男は眼光鋭く住職を見たが、立ち上がる力はないようだった。
住職が男にトマトを与えると、男はそれで安心したように眠った。それから住職は亡骸の供養をして、眠る男の死か回復を待った。
最後のトマトを食べてから3日。赤いピンバッチをひとつだけ残し、漁船は忽然と消えた。
信じるから赤いのか、赤いから信じるのか。落ちる夕陽に、住職は手を合わせた。
公開:19/11/01 11:20

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