踵の男

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 缶詰の白桃を見ると、残飯を漁ってはゴミバケツを蹴飛ばして、苛立っていた当時のことを思い出す。
 そう。そんなとき私は、散乱したゴミの中から、一個の踵を拾ったのだった。角質化してひび割れた踵。私はそれを連れ帰って、水に漬けておいた。翌朝、踵は少し柔らかくなっていた。私はうれしくなって、数年ぶりに姉へ「角質化した踵にいいローションなどはないか?」と連絡していた。姉は驚いていたようだったが、角質除去と保湿によい商品を教えてくれた。私はそれを手に入れ、拾ったビールジョッキのなかに満すと、そこへ踵を放った。液中でヒラヒラする踵は、日増しに白くふくよかになっていった。それに呼応するかのように私の中から「自分らしく生きねば!」みたいな衝動は消えた。「この踵を育みたい」との一心で、就職も決めた。
 あれから十数年。踵は順調に増殖している。毎晩、削り取っては、ザーサイのようにして食べるのが、楽しみである。
その他
公開:19/05/27 09:24
更新:19/05/28 11:47
シリーズ「の男」

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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