そっちはどう。

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潮の流れが落ち着いた海の中ほどに沈まない図書館はある。
私はいつも素潜りで夫に読み聞かせる絵本を週に一冊借りに行く。借りすぎてはいけない。戦争や社会問題を扱った本は重くて図書館は沈みがちだ。小説や絵本でバランスを取ってはいるが、今は夏休みで、こどもたちが物語をたくさん借りるから、図書館は少し深い位置にある。
甘い香りの館内には大きなバナナの木がある。アクリル天井を覆う濃い緑の葉にくす玉のようなバナナの房がいくつもぶら下がって鬱蒼と海の光に揺れている。
夕方になるとバナナの房は宵闇に浮かぶランタンみたいで、私は自分が東京湾にいることを忘れてしまいそうになる。
館内には夫が原色で描いた花の壁画がある。
若かった私は、かつてこの絵をゴーギャンみたいねと言った。夫は、俺の絵だよと、悲しい顔をした。
思い出すのがいつもこの場面なのは何故だろう。
私は今日も絵本を読みながら、黄泉の夫に聞いている。
公開:19/08/06 12:18
更新:20/03/24 09:56

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