見えない敵

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 便座に座ると、つま先付近に一本のチェーンが、隣の個室に越境した状態で落ちていた。俺のキーホルダーだ。ズボンを脱いだときに落ちたのだろう。拾おうと腰をかがめたが届かない。それで、つま先で引き寄せようとした。だがピクリとも動かない。それどころか、チェーンはじりじりと、隣の個室へ移動し始めた。
 俺は壁をノックした。すると、その壁と扉との二方向からノックが返ってきて、チェーンの移動が止んだ。俺は、面倒なことになる前にと、便器から降りチェーンを手にとった。すると明らかに隣のやつが引っ張っている手ごたえがした。俺はチェーンを握りなおして、思い切り引っ張った。だが、敵は素人ではなかった。俺は壁に頬を思い切り打ちつけられて、朦朧となった。
 扉をノックする音を10回まで数えたとき、隣から水を流す音と、扉を開ける音がした。扉の外から拍手喝采と「ウィナー!」というアナウンスが響いてきた。
 鍵は奪われた。
その他
公開:19/04/28 14:27

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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