幸せを謳う壺

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――淋しい家だと思った。
骨董市で買った"坪庭がある家の壺"。
使い方は簡単で何か良いことがあった時に余った幸せを少し壺の中に入れておくだけで良いそうだ。
試しに蓋を開け、中庭の桜の枝を折らないように手を差し入れて慎重に屋根を取り外す。
がらんどうの間取りに机をひとつ拵えて、本に付属していた栞を置いてみる。地味な空間に差し色が映えて少し悦に入る。
それから卒業旅行の風景写真、彼女から貰ったマフラーの糸屑、姉の結婚式の引き出物のカタログ。こうして古家を飾り、たまに蓋を開けて眺めては心ゆくまで楽しんだ。

壺の世界はいつだって爛漫の春だった。
幸せは当時をそのままに。そして懐かしさは熟成され昇華されることなく蓄積される。
壺は幸せを詰めたが故に残酷でもあった。
ほたほたと大粒の雨が屋根を叩く。
強い寒気が吹き込み、花薫る庭に霜が凝った。
私は壺の縁に身を乗り出し、
――そして天地は一転した。
ファンタジー
公開:18/11/26 17:26

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