スーツの男

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 私は業界の専門家として意見を求められていた。頭の先からつま先までをぴっちりと覆うゴム製のスーツを着た、全身剃毛済みの男の死体が発見されたのだ。
「ええと、スーツの着衣圧と唾液とによってゆっくりと窒息。我々は事件なのか事故なのか知りたいんスヨ」
 慇懃無礼な若い刑事が、目の前で現場写真をヒラヒラさせた。
「ええと、スーツは体型に一致するが、容積は93%。窮屈なゴム棺桶っスネ」
「ラテックススーツといいたまえ!」
 私はむかつきながら、最後の一枚を見た。スーツの口の部分にたくさんの小穴が穿たれている。
「ここに唾液は?」
「そりゃべっとり…」
 私は確信した。 
「事故だ。唾液濃度の誤測定だ。テーラー那房へ行きたまえ」
「え? どういうことですか? ご同行願えますか?」
 刑事の態度が一変した。だが私は彼が嫌いだ。
「新しいスーツの採寸の時間なんだ。失敬」
 事件後、テーラー那房は倒産した。
その他
公開:19/02/16 19:01
更新:19/05/28 11:43
シリーズ「の男」

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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