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魂には甘いにおいがある。浮き輪の空気が少しずつ抜けるように魂はもれる。その人は黒い服を着て満員の電車に乗っていた。体の小さい私はその人の背中に蝉のようにくっついて混雑を耐えた。
夏なのにひんやりとした背中。
電車がトンネルに入ると車窓には乗客たちの目が星空のように映って、私は背中の人を探した。大きな背中は確かにここにあるのに窓にその人は映らない。
背中にはひと粒の光。その人の魂は肩甲骨の下にある小さな穴からもれていた。
においに誘われて穴を覗くと、そこには私が生まれ育った家の風景がある。庭の物干し竿にはしぼんだ浮き輪と幼い私の小さな水着。
迎え火を焚くまだ若い両親が口ずさむ誘い唄。
ぼーんしょーらい。ぼんしょーらい。
私はそこに自分がいないことがとても悲しいことに思えて、謝るように穴を塞いだ。
彼岸発此岸行。老いた両親の目が星になって車窓を流れていった。
幼いままの私の帰省。懐かしい背中。
公開:18/08/13 14:40
更新:21/07/16 16:23

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