手探りの夕暮れ

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 夕方、彼女の部屋へ入ると、コーヒーメーカーでコーヒーが煮詰まっていた。彼女は寝室の床にペタンと座っており、僕を見ると開け放しの窓を指差し「ウヲが逃げた」と言った。
 かつおフレークの缶詰のおまけの、ヘリウムで浮かぶかつおの風船に彼女は「ウヲ」と名づけ、寝室で放し飼いにしていたのだ。
 僕は彼女を抱えた。腕からも肩からも首からも力が抜けてしまっていたのに、背骨とお腹とが頑なになっていて、ベッドへ座らせるのは大変だった。
 「またもらってこよう」「今頃、空を自由に泳いでいるさ」「君のせいじゃない」「運命だったんだよ」
 そんな言葉が頭に浮かんだ。でも、そんな言葉に何の意味があるだろう?
 彼女の隣に座って、暮れてゆく空を見た。彼女は少しずつ僕に凭れてきた。僕は彼女の肩を抱いた。
「コーヒー飲む?」と言うと、彼女は頷いた。僕は立ち上がって窓を閉め、カーテンを閉じた。
 彼女は静かに泣き始めた。
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公開:19/11/22 10:44

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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