約束のエオリアン・ハープ

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 両親に連れられてやってきた大きな湖畔の町は、懐かしい響きに満たされていた。両親は、張り渡された電線の素材と直径とが、湖からの風とこの上もなく調和しているのだ、と話していた。僕は、拍子抜けしたような、安心したような気分だった。日暮れだ。風が変わる。
 風とは移動であり、移動とは生命だ。流浪する調弦師の僕たちにとって、定住は死だ。僕は、強い風を受けて雄叫びを上げた。これは僕の声ではない。僕の体を迂回した風が、僕を背後から美しく罵っている声なのだ。カルマン渦が背中を嬲り、風紋を刻んでいく。
「これこそが僕たちの証。だって僕たちは生きているのだから!」
 エオリアン・ハープは、ヨリシロに囚われる以前の魂が物体を〈輪郭する〉時、歓喜の咆哮を上げる。
 耳たぶの形状は遺伝の影響を色濃く受ける。一族は、日々同じエオルス音に晒されているので、一族が好む和音は一様に近似している。
 ここが、僕たちの地だ。
その他
公開:19/12/24 17:14

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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