「ミシンの音」

6
11

駅前に着いた時、不意にミシンの音が聞こえた。幼き頃によく聞いていた音。
空を見上げる。
大きなミシンを巧みに扱う婆ちゃんの背中が浮かぶ。流れる雲が、あの頃ジーッと眺めていた糸のようだ。
優しい風が、汗ばんだぼくの顔を撫でる。
近所のスーパーに行くため、ママチャリにぼくを乗せてはしる婆ちゃんの背中。
夜、一緒の布団で寝た婆ちゃんの背中。
なにかと婆ちゃんについて回っていた幼き頃の思い出が甦る。

今年のお盆、六年前に亡くなった爺ちゃんが、婆ちゃんを連れて、いく。

ぼくは財布から千円札を二枚取り出すと、それをくしゃりと握りしめた。
しわくちゃの千円札。正月やお盆、祖父母の家からの帰りに、婆ちゃんがこっそり握らせてくれたっけ。
さぁ、最後のお別れに向かおう。
ぼくは二千円チャージしたICカードで、改札を抜けた。
イヤホンで音楽を聴いているにもかかわらず、ぼくの耳にはミシンの音が鳴り続いている。
その他
公開:19/08/13 22:22
更新:19/08/13 23:29

壬生乃サル

まったり。

2022年…3本
2021年…12本
2020年…63本
2019年…219本
2018年…320本 (5/13~)

壬生乃サル(MiBU NO SARU)
Twitter(@saru_of_32)

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容