be all thumbs

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空港の喫茶店で飛行機の離着陸を眺めていると、隣の男が上質そうな手袋を外すのが視界に入った。男の手には親指しかなかった。十本の指、すべてが親指だったのだ。
男は明るい声で言った。
「驚きましたか?生まれつきなんです」
私は曖昧に笑った。うまく笑えているだろうか。向かいの窓ガラスに私の顔は映らず、飛行機が離陸するのが見えた。
「母が随分気に病んでいたそうですよ。友達はできるのか、働けるのか、結婚できるのか。私はすべてを得られました」
男の左手の薬指にあたる指には、銀色の指輪が上品に光っている。
「スマホがあれば、親指で仕事も会話も買い物もできますからね」
男はスマホの画面を指でなぞった。幸福そうな笑顔の小さな子供の画面が変わり、ファーストクラスのチケットが表示された。
男はコーヒーを飲み干し、「お先に」と去っていった。
私は寂しくなった左手の薬指をさすった。指輪の跡は当分消えそうもない。
その他
公開:18/11/04 12:15

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